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五月大歌舞伎夜の部@歌舞伎座

今月夜の部の演し物は、キワモノ揃い、、、と言って悪ければ、
レアモノ揃い、です。

歌舞伎観劇歴20年(・・・ぐらいでは歌舞伎の世界じゃコムスメだけど)
の私でも、初めて見る芝居ばかりでした。

幕開けは、近松門左衛門「恋湊博多諷(こいみなとはかたのひとふし)」
通称「毛剃」。

物語は近松らしい、傾城の身請け話なのですが、
舞台が博多というところがミソ。

坂田藤十郎演じる、正調上方和事の商人に対し
團十郎演じる海賊(その名前こそ「毛剃」)のセリフは、
なんと長崎なまり。(・・・なのか!?)

郭のお座敷は欄干が中国風(?)だし、
初演当時の観客は「異国情緒」を感じたのかもしれません。

上方商人は、身請けのお金を借りるために海賊の仲間に入る。
「おいおい、いいのかそれで」
と言いたくなるような幕切れでした。


二幕目の清元舞踊「夕立」はもっとすごい。

下郎が高貴な女性を手籠めにしたら、
その女性が下郎の男らしさに惚れてしまった・・・・
というトンデモ筋書きは、
歌舞伎には他にもあるけれど、
そこだけ取り出して一幕、というのはいくらなんでも。

上演は昭和48年以来というのですが、
なんで復活させようと思ったのかわかりません。

観客席には修学旅行の女子高生もいて、
おそらく初めての歌舞伎でしょうに、こんなの見せられるとは・・・。


やっと少し心が洗われるのは、人情話「神田ばやし」。
原作はラジオドラマとか。こちらも昭和45年以来の上演です。

海老蔵がとぼけたお人好しを演じるところに妙味あり。
一方の大家さん役・三津五郎は、思わずわが目を疑ったほど
老け役がハマっていました。


最後は「おしどり」。
前半の美しい人物が、後半で獣(ここではおしどり)の化身となって現れる、
いわば「鏡獅子」パターンのお芝居です。

筋書きはともかく、
ひさしぶりの「平成の三之助(いまや「助」は菊ちゃんだけだが)」揃い踏み。
やっと歌舞伎らしい目の保養ができました。


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墨東観光

ゴールデンウィーク、いかがお過ごしですか。
私は、連休の常で東京に引きこもっております。

それでも4日は陽光に誘われ、外に出掛けたくなりました。
「東京区分地図(笑)」を眺めていて、
「そういえば、向島には行ったことないかも」と思い立ったのです。

バッグに永井荷風の「日和下駄」をしのばせ、
千代田線を北千住まで。東武線の上り電車に乗り換えて、
業平橋駅に降り立ちました。


まず、駅の西側を、隅田川方向に歩き始めます。
このあたり、Img_1607向島1丁目界隈は、道がまっすぐで幅員もわりあい広い。
けれども、家々に塀がなく、
道路を庭先代わりに、鉢植えを並べているところに下町らしさを感じます。

駅の方向を振り返ると、「東京スカイツリー」建設の、
巨大なクレーンがそびえ立っていました。


隅田公園を抜けて通りに戻れば、その名も「見番通り」。
向島2丁目に入ると、にわかに料亭が目立ち始めます。
昭和初期までは全国一の花柳界だったという向島。
向島ドットコムによれば、
今も18 軒の料亭があり、 120 人ほどの芸者がいるそうです。


見番通りをさらに進むと、
西側にImg_1615独特の山門を持つ弘福寺が見えてきます。
弘福寺は、禅宗の一派黄檗宗のお寺。
前出「日和下駄」によれば、森鴎外は亡くなった当初この寺に埋葬され、
そのため荷風は毎年向島に通ったとあります。

ただし、関東大震災による被災後、
鴎外の墓は三鷹の禅林寺と津和野の永明寺に改葬されたそうです。
現在の弘福寺の山門も本堂も、昭和8年に再建されました。


弘福寺からさらに北上した東向島1丁目は、
かつての「赤線地帯」にあたります。
でも、浅草の吉原などと違って、今は風俗店は見当たらない。
もっとも、道幅の狭いImg_1619鳩の街商店街には、
独特の濃密な空気が漂っています。
路地に入ってみると、
おそらく赤線時代の名残と思われる、
Img_1620独特の建物が並ぶ一角に迷い込みました。
小ぶりな家の表に、Img_1621奇抜な色合わせのモザイクタイル
が貼られていたりする。
時空の裂け目に落ちてしまったような感覚でした。


東向島1丁目の北隣は東向島3丁目。
ここには、Img_1626向島百花園があります。

荷風は、「百花園を訪うのは花のない時期に若くはない」
と書いていますが、
荷風言うところの「花のない時期」の初夏の今も、
水辺に菖蒲が咲いていました。

荷風の時代、私有だった花園は
昭和13年に東京市に寄付されたので
以来、当時よりは整備が進んだのかもしれません。


お大尽の遊興地をあとに、東武伊勢崎線を越えて進むと
東向島5丁目に入ります。
この一帯こそ、かつての赤線地帯「玉の井」。
あの「墨東奇譚」の舞台となった街です。

ここにも「鳩の街」のような気配が残っているかと思いきや、
真新しい住宅が目立ちました。
かなり最近、建て替えられた部分が多そうです。

一部に路地が残り、道もクランクしているものの、
全体としては陰のない、あかるい住宅街に生まれ変わっていました。


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