カテゴリー「05・建築」の記事
アトリエ・天工人「土プロジェクト第1弾」
山下保博さん率いるアトリエ・天工人の「土プロジェクト」。
土を、食品添加物にも指定されている酸化マグネシウムで固めてブロックにし、
積み上げてつくる組積造の建築物です。
元来、建築とはその土地にある材料を使ってつくるものでした。
たとえば、サン・フランチェスコ聖堂で有名なイタリアの都市アッシジは、
街全体が淡いピンク色をしています。
これは、この近辺で産する石がピンク色だからだそうです。
「土プロジェクト第一弾」住宅は、私にアッシジの街を思い起こさせました。
おそらくは構造の必然性もあって、開口の少ない建物は、ロマネスクの小さな聖堂のようです。
土は世界中にあるものだから、どこででもその場の材料でつくれる。
そこにある材料でつくれば経済的で、環境負荷が小さいことは言うまでもなく、
そんな建物が並べば、必然的に美しい街並みができあがるわけです。
外観。かなり小さい印象です。
平面形状は勾玉のかたち。表に現れる部分はほとんど曲面だけの建物です。
延べ床面積はほんの41㎡ほどですが、天井が高く、思いの外広く感じます。
空間に角や直線がないことも、広がりを感じるゆえんかもしれません。
キッチンの裏側に、ロフトへ上る階段があります。
曲面の壁に沿って上る感覚も、なんとなく宗教施設を思わせます。
納谷建築設計事務所「岡本の住宅」
7月14日、納谷学さん、納谷新さん設計の「岡本の住宅」のオープンハウスを見学しました。
これまた世田谷とは思えない景観!
コンパクトな建物の中に変化のある空間が展開する住宅です。
南側から見上げたところ。黒っぽい木の箱状の建物です。
敷地は旗竿状。道路側からは全景を見ることはできません。
このパノラマ!
天地を抑えて水平ラインを強調した開口部が景観を効果的に見せてくれます。
壁と天井は、木の質感を生かしつつ、白っぽいペイントを施されたシナ合板。
床に座って見上げると、窓の外は空!
写真右側に見える丸い穴は……
ドアを開いたとき、ノブがすっぽり収まる。ドアは完全に全開できるわけです。
1階のプライベートゾーンは全部畳のお部屋。最近珍しいですね。
作り付け収納の間を少し空けてあるのは、「床の間」のようにしつらえるため。
眺めのいい角の和室の開口は、かなり低め。障子は雪見になっています。
障子を閉めるとしっとりした雰囲気。
どの部屋も、間接照明が効果的に使われています。
和室の外の濡れ縁。軒をかなり抑えています。
階段室は図書スペースになっています。ランダムな棚板がグラフィカルで楽しい。
階段室の上にはトップライト。
2階から見下ろす。
FRP防水でくるんだバスルーム。2階なのに浴槽が埋め込みになっているのは、
1階の軒を抑えた分のふところを利用しているから。
白とガラスのバスルームは清潔感あります。
FRP防水は目地がないので掃除もしやすそうです。
砧公園のご近所というのもいいですね。
田井幹夫さん設計「等々力の筒状住居」
6月19日、アーキテクト・カフェ、田井幹夫さん設計の住宅のオープンハウスに行ってきました。
ごくシンプルな構成ですが、立地も含め視線の「抜け」がとても気持ちのいい住宅です。
取材帰りに寄らせていただいたので、撮影はiPhone。
道路側外観。閑静な住宅街の奥まった場所にあります。
玄関を入ると、長い廊下を貫いて、向こう側の緑まで視線が抜けます。
螺旋階段を上がると、目の前がぱっと開けて、天井の高いLDK空間に出ます。
正面の全面開口からは、道路側外観からは想像できないような眺望が広がります。
このあたりは傾斜地になっているんですね。木造住宅の2階とは思えない眺め。
窓側からの見返し。天井高は4mあるそうです。
ロフトから2階を見下ろしたところ。
1階浴室もガラス貼りで、リゾートホテルみたいです。
屋上も広々。いろいろ遊べそうですね。
高所恐怖症の人は怖いんじゃないかと思うほどの景観です。
「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」@東京国立近代美術館
GWから8月8日にかけて東京国立近代美術館で行われた
「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」
写真撮影可という画期的な展覧会でした。
はなはだ遅ればせながら、写真をアップします。
ふたつの坂倉準三展
建築家・坂倉準三の認知度ってどのぐらいだろう?
少なくとも私には、印象の薄い建築家でした。
公共建築をたくさん手掛けたことは漠然と知っていたけれど、
すぐに思い浮かぶ作品といえば
神奈川県立近代美術館(鎌倉)くらい。
あまり個性が強くなく、だからこその多作だろう、
程度に思い込んでいました。
しかしその仕事の幅の広さ、半端じゃありません。
この夏、2つの展覧会で、
彼の仕事の全容を知ることができます。
まず、前述の彼の代表作神奈川県立近代美術館 鎌倉で開催中の
「建築家 坂倉準三展 モダニズムを生きる 人間、都市、空間」。
(9月6日まで)
パナソニック電工汐留ミュージアムで
「建築家 坂倉準三展 モダニズムを住む 住宅、家具、デザイン」。
(9月27日まで)
題名の通り、鎌倉では公共建築や都市計画を
汐留では家具や住宅を、それぞれ分担して展示しています。
なかでも、汐留の展覧会は、
今まであまり注目されていなかった(と思う)
坂倉の住宅作品がまとめて見られる貴重な機会。
展覧会図録では、お馴染みの建築史家・藤森照信氏が
日本住宅史上における坂倉の位置を
次のように定義しています。
「坂倉準三は、戦後の国民様式としての
新日本調をつくった建築家であった」
鎌倉では、ひととおり展示を見終えたあと、
展覧会のメインビジュアルにもなっている、
美術館のピロティ空間を堪能しました。
戦後間もない物資不足の中でつくられた建物で、
中庭の外壁には老朽化が目立ちますが、
このピロティの空間は素晴らしい。
坂倉の事跡を知ったうえで、その建築を再体験する。
私にとっては、結局、このピロティが、2つの展覧会の白眉でした。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。
その作品展が、
「パナソニック電工 汐留ミュージアム」で開催されています(6月21日まで)。
彼はアメリカ生まれだけれど、あくまでも「日本の」建築家と言ってよいと思います。
来日してから建築活動を始め、もっぱら日本で活躍し、のちに日本に帰化しました。
作風こそ、アメリカっぽかったりスペインっぽかったりと
「洋風」だけれど、
彼自身は、アメリカで正規の建築教育を受けてはいません。
日本に住む外国人が期待される「外国風」を
素人ならではの自由な発想でつくったような印象で、
装飾も、空間も、のびのびしているところがいい。
飾りたいから飾った、というような。
様式論とか建築史の考証とかの
堅苦しいロジックから自由であるように見えるんです。
ほんとのところは、わからないけれど。
東京では、山の上ホテルや明治学院の礼拝堂。
京都なら、四条大橋のたもとにある、東華菜館。
ほか、神戸女学院や大阪大丸心斎橋店。
たぶん、誰もがどれか一度ぐらいは目にしているはず。
ちなみに、彼はあの「メンソレータム」の近江兄弟社の創始者でもあります。
近江八幡には、彼の作品がたくさん残っている。
ちょっと、旅してみたくなりました。
DESIGNTIDE TOKYO 2008
連休中の東京は、恒例の秋のデザインイベント真っ盛り。
しかし、義理でも仕事でも宿題でもなければ、
なかなか回りきれるものではありませんよね?
コンテナも、正直、ちょっと飽きました、ワタシ。
しかも、連休中は取材3レンチャンだし、連休明けには〆切が控えているし、、、
でも、何も見ないですませるのも、なんだかつまらない。
参加することに意義あり(?)で、
我が家から直近の東京ミッドタウン「DESIGNTIDE TOKYO 2008」メイン会場に出向きました。
フリーランスの哀しさか(いやいや)、プレスカードはもらえないので、
入場料1000円払って入ったところ、入り口のそばに広島の建築家・谷尻誠さん発見。
「谷尻さんの展示はどこですか?」なんて間抜けなことを尋ねたら、
メイン会場の構成を手掛けたのが谷尻さんだったのでした(予習ゼロ)。
半透明の柔らかな不織布のブースをたくさんの風船で吊り上げ、
おのおののキャプション(出展者名)を貼り付ける構成は、
展示にも来場者にもやさしく、そしてわかりやすい。
展示内容も、それぞれ簡潔に絞られていて、
メッセージがはっきりと伝わってきます。
出展者も来場していて、なかなか聞けない裏話が聞けるチャンスも。
昨年のTIDEは確か代々木体育館での展示で、
大学祭みたいなノリだったけど、今年はおとなの雰囲気です。
私と同様、「デザインイベント、1カ所ぐらいは」、とお考えの方におすすめ。
11月3日、今日が最終日です!
村野藤吾と戦争
「新しい住まいの設計」の鈴木編集長が絶賛するので、
慌てて終了間際の「村野藤吾・建築とインテリア」展
(汐留ミュージアム)に行ってきました。
小さなギャラリーだし、「30分もあれば十分でしょ」と言ったら、
「1時間はかかるよ」と編集長。
結局、1時間半ぐらい粘ってしまいました。
代表作をほぼ網羅し、写真とオリジナル図面に解説を加えた懇切丁寧な展示。
階段の手すりやドアの取っ手、照明器具、家具などの立体資料も楽しいです。
キャプションには、建物の竣工年と併せて、そのときの村野の年齢も記されています。
ひとつひとつ追っていって、ふと気付くのは、
代表作のほとんどが、高齢になってからの作品だということ。
帝国ホテルの向かいにある日生劇場(日本生命日比谷ビル)の竣工が1963年で72歳。
1983年竣工の「谷村美術館」に至っては、なんと92歳。
そこで、戻って「巨匠の残像」に廣松隆志さんが書かれた「村野藤吾」の記事を再読しました。
さらに年譜を確認。
1929年、村野は38歳で独立しています。
1930年代には立て続けに「森五商店東京支店」「そごう百貨店」
「宇部市渡辺翁記念館」が完成。
しかしそのあと、1951年までめぼしい作品がない。
空白の1940年代、つまり「戦争」。
1891年生まれの村野にとって、40年代は50歳代に重なります。
ふつうなら、建築家として最も脂の乗り切った年代に、戦争に活躍の場を奪われた。
展示中盤に、村野による「船のインテリア」のコーナーが設けられています。
南米航路の客船2隻の、一等ラウンジや食堂、スモーキングルームの写真やスケッチ。
スクリーンに、その再現映像が上映されます。
これから世界に乗り出そうとする日本人の誇らしさをにじませた
「新日本様式」のインテリア。
美しい船はしかし、戦時中軍事に転用され、
一隻は撃沈、一隻は爆撃を受けて解体の憂き目に遭いました。
映像の最後に、村野の言葉が掲げられています。
正確には覚えていませんが、「戦争がすべてを奪っていった」という内容の。
廣松さんの記事によれば、
村野が亡くなったのは、1984年11月26日午後8時32分、享年93歳。
その3時間前まで、事務所で仕事をしていたそうです。
「磯崎新 七つの美術空間」@群馬県立近代美術館
リニューアルなった群馬県立近代美術館に
「磯崎新 七つの美術空間」展を見に行きました。
「七つ」とは当の群馬近美を始め、
大分のアートプラザ、ロスアンジェルス現代美術館、ハラ・ミュージアム・アーク、
岡山の奈義町現代美術館、北京の中央美術学院美術館、
そして、目下建設中の上海証大ヒマラヤ芸術センター。
パンフレットによれば、群馬近美は
いわゆる「ホワイトキューブ」の原型なのだ、ということですが・・・。
さらに、都市と田園、複合施設、コンバージョン、
はやりの(?)サイト・スペシフィックな建築とアートの共同作業など、
現代の美術空間の文脈が網羅されているかのよう。
ちなみに、群馬近美のリニューアルの主目的は
耐震補強やアスベスト除去にあったようですが、
展示室にも少し手が加えられています。
リニューアル前には行ったことがないので確かなことは言えませんが、
企画展示室が大小に3分割された模様。
プロローグと本編、エピローグという、ある意味、古典的な三部構成です。
リニューアル記念の磯崎展は、
「ここはこんなふうに使え」というお手本を示しているのかもしれません。
会期は今週末、22日まで。
より以前の記事一覧
- 横須賀美術館 2008.05.07
- ル・コルビュジエ展@森美術館 2007.07.19
- 安藤忠雄展@東京ミッドタウン 2007.04.17
- 千葉学展@ギャラリー間 2007.02.01
- 柔らかな建築 2007.01.24
- 山本健太郎さんとマインドスケープの集合住宅「KINOWA」 2006.10.15
- 西田司さん「街の隙間タイムシェアリング」 2006.03.21
- 千葉学さんの「二子玉川のコンプレックス」 2006.03.21
- バサロ計画鈴木さんの「ボタンコレクターの家」 2006.01.26
- アトリエ・天工人の「アルミPC住宅」 2005.05.02
- アトリエ・天工人の「W-PC」住宅 2005.04.25
- バサロ計画鈴木さんの4階建て2世帯住宅 2005.04.25
- PRIME/田辺芳生さん設計の「久が原の家」 2005.04.09