カテゴリー「04・住宅本レビュー」の記事

鈴木博之著「東京の[地霊]」

たとえば、

毎日通う道ではないけれど、
地図を持たずに歩ける程度には知っている。

そんな馴染みの道を久しぶりに歩いたら、
どこか一か所、見慣れない新しい建物に建て替わっていた、としましょう。

そこに以前、何があったか、あなたはすぐに思い出せますか?


近頃私は、そんなことがやたら気になります。

わかりやすい例を挙げれば、安藤忠雄設計の表参道ヒルズ。

建て替え前の、同潤会アパートの景色はたやすく思い出せるのですが、
では、その前は?


同潤会は、たしか関東大震災を受けて生まれた組織です。
関東大震災が起きたのは大正12年だから、
少なくともそれ以前にはあのアパートは存在しなかったはず。

一方、明治神宮は大正9年の創建。
表参道じたいは、同潤会以前にすでに通っていたでしょう。
では、その沿道の、あの土地は、どんな場所だったのか。

明治期なら「東京市外」でしょうから、
あるいはただの農地だったかもしれないけれど。
(手元に資料がないので、詳細は帰京後に調べます!)


さて、
建築史家・鈴木博之著東京の「地霊(ゲニウス・ロキ)」 (文春文庫)
は、
そんな「土地の歴史」を幕末・維新に遡って拾い上げた、
13の物語で構成された本です。


たとえば、第一章は、
現在の六本木1丁目、246号線から少し奥に入った
ラフォーレミュージアムのあたりをめぐる物語。

ここは、静寛院宮(皇女和宮)が維新後に住んだ屋敷跡です。
昭和期には終戦直後の内閣総理大臣、東久邇宮稔彦が住みました。


鈴木氏は、
同じ土地に住んだ和宮と東久邇宮に、

明治維新・終戦時という国家存亡の危機に、
宮家の一員であったがために
「一種の人身御供として歴史の表面に現れざるを得なかった(本文)」

という共通の運命を見出します。


この土地は、その後国有化されて林野庁の宿舎となり、
さらに民間に払い下げられます。
鈴木氏は、この流転にも、和宮と東久邇宮の運命を重ね合わせます。


付け加えれば、林野庁宿舎跡地を含む国有地の払下げは、
バブル期の地価高騰の引き金をひいた、と言われる出来事でした。


地図で見る限り、静寛院宮邸の敷地形状と
現在のラフォーレミュージアム周辺の地形はさほど変わらず、
照合するのは難しくありません。


江戸時代の道と、東京の道は、実はあまり変わっていなくて、
東京の町並みは、江戸以前からの地形を下敷きにできあがっている。

そのあたりのことは、
陣内秀信著東京の空間人類学 (ちくま学芸文庫)

中沢新一著アースダイバー

に詳しいです。


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あたらしい教科書「住まい」

プチグラパブリッシングという出版社から出ている
「あたらしい教科書」シリーズ、第10弾は「住まい」です。

挟み込みのパンフによれば、このシリーズは
「大人のための面白くてためになる、ファーストブック」だそうで
「雑貨」「本」「ことば」「定番」「広告」・・・と
シンプル、かつ大括りなテーマを、
コンパクトな四六判、144〜160ページの薄さで編もうという試みらしい。
見開き単位の編集、オールカラーのイマドキなデザインです。

とはいえ、テーマが大きすぎて迂遠にも感じられ、
果たして売れるのか、ちょっとギモン。

そこで、アマゾンのレビューを覗いてみたところ、
意外や評判はいいようです。

どうもこのシリーズのミソは「ファーストブック」と
いうところにあって、
「いまさら聞けない基本」に立ち返り、
そのジャンルの概観をつかむことが狙いのよう。

と考えると、たとえば10月に出たばかりの
「コンピューター」なんか、私も買った方がいいかも。
「説明しろ」と言われても説明できないのに
「知ったかぶり」してやり過ごしてることが、
たくさんある気がするから・・・

とかなんとか、以上のことは実際のシリーズ各書を
見ないままに書いてますので、あしからず。

で、やっと本題。
あたらしい教科書「住まい」です。

監修は、かつて
かの「リビングデザインセンターOZONE」で
企画に携わっておられた萩原修さん。
「9坪ハウス(スミレアオイハウス)」の建て主としても有名ですね。

内容はといえば、そこは「ファーストブック」だけあって、
「住まい」の原点に立ち返ろうとするかのような構成になっています。

たとえば、第1章は「住まいと行為」で
「おいしく食べる」「ぐっすりと眠る」「家事を楽しむ」・・・
などの項目が立つ。
ほか、「住まいと道具立て」(家具や雑貨、照明など)
「住まいと時間」「住まいと人」「住まいと場所」・・・と続く。

それぞれの項目は、
章毎に立てられた執筆者が一人称で読者に語りかける、
一話完結のエッセイ風の文章になっています。

だから、必ずしも本の最初からおしまいまで
通して読む必要はありません。

この本の使い方としては

(1)住まいをつくったり買ったりするとき、
   どんなことを考えておくべきか、 見落としていることはないか、
   をチェックするためのインデックスとして。

   といっても、「契約」とか「税金」といった手順のチェックとは違います。
   「自分の暮らしと住まいの関わり」という視点と思ってください。

(2)(1)で気になった項目を読んで、
   自分なりに考えるためのきっかけにする。
   筆者の意見を押しつけられることはありません。

巻末には、住まいの専門家リストやブックガイド、
映画やウェブサイト、住宅見学案内も。

私にとっては、「戦後住まいの年表」が今の関心にぴったりでした。

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