鈴木博之著「東京の[地霊]」
たとえば、
毎日通う道ではないけれど、
地図を持たずに歩ける程度には知っている。
そんな馴染みの道を久しぶりに歩いたら、
どこか一か所、見慣れない新しい建物に建て替わっていた、としましょう。
そこに以前、何があったか、あなたはすぐに思い出せますか?
近頃私は、そんなことがやたら気になります。
わかりやすい例を挙げれば、安藤忠雄設計の表参道ヒルズ。
建て替え前の、同潤会アパートの景色はたやすく思い出せるのですが、
では、その前は?
同潤会は、たしか関東大震災を受けて生まれた組織です。
関東大震災が起きたのは大正12年だから、
少なくともそれ以前にはあのアパートは存在しなかったはず。
一方、明治神宮は大正9年の創建。
表参道じたいは、同潤会以前にすでに通っていたでしょう。
では、その沿道の、あの土地は、どんな場所だったのか。
明治期なら「東京市外」でしょうから、
あるいはただの農地だったかもしれないけれど。
(手元に資料がないので、詳細は帰京後に調べます!)
さて、
建築史家・鈴木博之著東京の「地霊(ゲニウス・ロキ)」 (文春文庫)
は、
そんな「土地の歴史」を幕末・維新に遡って拾い上げた、
13の物語で構成された本です。
たとえば、第一章は、
現在の六本木1丁目、246号線から少し奥に入った
ラフォーレミュージアムのあたりをめぐる物語。
ここは、静寛院宮(皇女和宮)が維新後に住んだ屋敷跡です。
昭和期には終戦直後の内閣総理大臣、東久邇宮稔彦が住みました。
鈴木氏は、
同じ土地に住んだ和宮と東久邇宮に、
明治維新・終戦時という国家存亡の危機に、
宮家の一員であったがために
「一種の人身御供として歴史の表面に現れざるを得なかった(本文)」
という共通の運命を見出します。
この土地は、その後国有化されて林野庁の宿舎となり、
さらに民間に払い下げられます。
鈴木氏は、この流転にも、和宮と東久邇宮の運命を重ね合わせます。
付け加えれば、林野庁宿舎跡地を含む国有地の払下げは、
バブル期の地価高騰の引き金をひいた、と言われる出来事でした。
地図で見る限り、静寛院宮邸の敷地形状と
現在のラフォーレミュージアム周辺の地形はさほど変わらず、
照合するのは難しくありません。
江戸時代の道と、東京の道は、実はあまり変わっていなくて、
東京の町並みは、江戸以前からの地形を下敷きにできあがっている。
そのあたりのことは、
陣内秀信著東京の空間人類学 (ちくま学芸文庫)
中沢新一著アースダイバー
に詳しいです。